
土地を購入したときの記念樹が、いまではログハウスを「ここの、どこが気に入ったんですか?」
「そんなこと、口では言えません。たとえ言っても、あなたにわかりますか?」
と、答えが返ってきました。
そこは、大木の豊かな枝に覆われた、ログハウスの前庭です。建物の背後を貫く道路の向こうには、琵琶湖が広がっています。
「ここには、よくいらっしゃるのですか?」
「休みの日には、たいてい1、2泊しに来ます。人を気にせずにすみますから」
京都ナンバーの車が停められています。不躾な質問に答えてくださったAさんは、クラブを振ってゴルフの練習中。そのそばで、奥さんは自家菜園の手入れ……。夫婦の長い時間を感じさせるセカンドライフの光景です。
地元の家々の中に作られた川端
ここ、滋賀県高島市の風車ニュータウンA・Bブロックは、琵琶湖西岸に沿って走る県道304号線(さざなみ街道、風車街道)、「道の駅 しんあさひ風車村」の少し北側にあります。道路を渡れば、そこは琵琶湖がいちばん広く見渡せるといわれる外ヶ浜。プレジャーボートを載せたトレーラーを、敷地に置いている家もあります。
葦あしと灌かんぼく木が縁取る湖岸をさらに北へ一キロほど進むと、内陸側にログハウスの街並みが整然と広がっています。風車ニュータウン「和の里」です。湖面を渡ってきた風が、木の温もりに満ちた街を抜けていきます。
1975年(昭和50年)、開発・分譲に関わった会社がすべて倒産すると、風車ニュータウンには、地区別に7つの自治会や被害者友の会が生まれました。1990年(平成2年)、自ら地権者になった上野は、それらを統合して新旭管理組合を結成し、理事長として受益者負担による道路・水道などの再整備事業に乗り出します。その結果、90年当時25軒しかなかった家が、2006年にはその10倍以上の329軒まで増えました。上野が提唱する、CCZプロジェクトのめざましい成果が示されたのです。
Aさんは自宅の前の樹を見上げて、こう言いました。
「この樹はこの土地を買ったときに、近くの若木を抜いて記念に植えました。もう40年近くも経つでしょうか、ここが開発分譲されたときです。10年あまり前の平成7年に、この家を建てました。ようやく水道がきたので……。それ以来、暇を見つけてはここに通っています。京都から1時間半ほどですから」
風車ニュータウンは、文字どおり琵琶湖の水の里に生まれました。街のある高島市新旭町針江地区は、2004年にNHKで放映されて大評判となり、その後何回も再放送された番組「里山命めぐる水辺」で一躍脚光を浴びたのです。
針江地区の古い家々には、屋内に「川端」と呼ばれる小さな池があります。川端は、湧き出した伏流水をまず料理や洗顔に使い、余った水で鯉を飼い、その鯉に炊事のときに出た野菜くずや米粒などを食べさせて排水する、この土地独特な水のリサイクルシステムです。
水は人間の暮らしには欠かせません。全管連が手がけてきた再開発・再整備でも、まず問題になるのが水の供給でした。そのため、多くの分譲地で共同井戸が掘られ、浄水施設が造られています。
休眠分譲地の再開発・再整備は、いわば「遊休宅地のリサイクル」です。
CCZプロジェクトが、伝統的な水のリサイクルを受け継いできたこの川端の里で行なわれたのは、じつはとても意義深いことだったのです。