

沖縄の陽射しにスペイン瓦の
ビーチへ降りる階段も整備されている 最近、若い世代を含め移住希望者が急増する沖縄にも、全管連が手がけた分譲地があります。
那覇から沖縄本島の西海岸を貫いて北部の名護を結ぶ国道58号線は、沿道に大きなリゾートビーチが続く別名「リゾート街道」です。その国道が名護市に入るあたりに、「伊武部希望ヶ丘」のバス停があります。沖縄・ニュータウン希望ヶ丘への玄関です。
緩やかな丘の斜面に広がる希望ヶ丘を歩くと、アメリカ風、地中海風、純和風、ログハウス、イスラム風など、タイプが異なる建物が次々に現われ、沖縄のチャンプルー(混ぜ合わせ)文化を実感させます。そして、その建物の多くがペンションやロッジ、ホテルなどです。希望ヶ丘には、個人経営を中心に、宿泊できる住宅や施設が約50軒あり、年間10万人あまりの人が利用しています。
じつは、ここは沖縄で最もグレードの高いトップ・リゾート地に位置しているのです。隣接する「ザ・ブセナテラス」では、2000年に沖縄サミットが開催されました。沖縄最大級で500以上の客室を持つ「かりゆしビーチリゾート」、世界的なホテルチェーンの「オキナワマリオットリゾート&スパ」も、ここからは散歩コースです。さらに、希望ヶ丘への入口のバス停近くでは、24カ国に展開する「ウェスティンホテル」が建設中で、来年オープンの準備中です。
珊瑚礁の海のコーラルブルーと、ヤンバル(山原)と呼ばれる亜熱帯の森の濃密な緑が、ここを訪れる人たちを魅了します。
なかにはプールを備えた豪華ペンションも
2000 年に沖縄サミットが開催された「ザ・ブセナテラス」
しかし、希望ヶ丘に住んでいるのは、ペンションやロッジなどの関係者だけではありません。インターネットを介して東京の仕事をしている人もいれば、自らの手で楽しい第2の人生を実現した人もいます。
宮平さんは、ご主人の退職後、那覇の首里からここへ移り住みました。現在、空き地や近くの山の畑で野菜を育てながら、ボランティアとして名護市内の学校で生け花を教えています。宮平さんのお宅の裏庭には鶏が走り回り、赤い島唐辛子や緑のシークヮーサーがたわわに実っていました。
「収穫した野菜は、直売所で売ったりもしますが、私たちが使う分以外は、ほとんどご近所の人たちや親戚へのお土産になります。喜ばれていますよ。生け花も、こちらに来てから本格的に教え始めました。ここに住めて最高です。セカンドライフがこんなに楽しくなるとは、思ってもいませんでした」
コテージの背後に迫る亜熱帯の森も
10年前に移住した宮平さん
宮平さんがここの土地を買ったのは30年前、20年前に家を建て、住み始めたのは、全管連が沖縄に渡った年度と同じ10年前です。以来、宮平さんは畑で野菜を作り、ボランティアを通して社会に貢献し、満ち足りた時を過ごしています。そんな暮らしに、セカンドライフの新たなあり方を、教えていただいたような気がしました。
全管連が行なう事業は、休眠分譲地の再開発や再整備、遊休宅地のリサイクルだけでありません。「新・田舎暮らし大学」や「ハッピーリタイアメント倶楽部」などを通し、老後の新しい暮らし方の提案、いわばセカンドライフのソフトウエアを創り出しているのです。新たな価値観や感覚に基づいたハッピーリタイアメントによって、日本の老後は変わります。
未来は、子供の笑顔にだけ輝くのではありません。野菜作りとボランティアで第2の人生を満喫する、モダンで元気な沖縄のオバー(沖縄方言で「おばあちゃん」の意)の笑顔のなかにも、未来は感じられるのです。